大宮-氷川大社へお宮参りに行った

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昨日、4月24日に大宮近辺でもっとも格の高い氷川大社にお宮参りに行ってきました。写真は掲載しなかったのですが、とっても綺麗な着物を両親に頂いたり、高級料亭で会食を開いてくれたりと、両親に感謝です!(´▽`)
 
当日は、子供にとって初の外出と言うこともあり、いろいろと大変でしたが、無事にイベント完了と行ったところです。そもそもお宮参りとは、AllAboutJapan「冠婚葬祭」ガイドによれば、

その土地の守り神である産土神(うぶすながみ)に赤ちゃんの誕生を報告し、健やかな成長を願う行事です。昔は、氏神さまに参拝して新しい氏子(うじこ)として神さまの祝福をうける行事とお産の忌明けの儀式の意味合いもありましたが、現在では無事に生まれた感謝と健やかな成長を願う行事となっています。
のような意味があるとのことです。お宮参りする時期は、
一般的には、男の子では生後31、32日目、女の子では32、33日目がよいとされています。これも地方によりさまざまです。しかし、実際はこのような日にこだわる必要もなく生後30日前後で穏かな天気の日を選べば問題ありません。母親や子供の健康を考えて決めればいいのです。
とのことですが、時期にこだわらないのであれば、冬の寒い時期を避けたり、子供の首が据わる3ヶ月後とかがお互い楽だと感じました。
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さて、この氷川大社ですが、氷川神社の分社、あるいは関連社は武蔵全域に多数存在し、特に埼玉県には、氷川神社が160社以上も存在しますが、その大元が大宮にある氷川大社です。また参道案内によれば、

氷川神社は、社記によると代五代孝昭天皇の三年四月未の日の創立と伝えられる。
当神社は、古くから歴朝や武将の尊崇をあつめた由緒ある大社としてその歴史を誇っており、「大宮」の地名もこの氷川神社に由来することは衆知のとおりである。

古くは景行天皇のとき、日本武尊が東征のおり当地に足をとめて祈願され、また成務天皇のとき、武蔵国造となった兄多毛比命が出雲族を引きつれてこの地に移住し、氷川神社を奉崇したと伝えられる。その後、聖武天皇(七二四〜四九年)のとき「武蔵国一の宮」と定められ、ついで称徳天皇の天平神護二年(七六六)には、朝廷から武蔵国では当社だけに封戸(三戸)が寄進された。さらに醍醐天皇の延長五年(九二七)の「延喜式神明帳」には、名神大社として破格の月次新嘗の社格が与えられている。
とのことです。神社の社格は、昔神社が格付けされていた名残りになりますが、
神宮 > 宮 > 大社 > 社
のようです。Yahoo!知恵袋によれば
神宮は伊勢・香取・鹿島だけになります。天皇家や大和朝廷東征に関係の深い神社です。高天原の神で天神(アマツガミ)とも呼びます。
他の高天原系の神や、地祇(高天原以外の神/クニツガミ)の中で、古い神を祀る神社や各地の代表的な神社を大社と格付けます。
明治以後、神社は国家神道といって、神社庁という国の役所の管理下におかれます。
官幣/国幣(国からお供え/知事からお供え)の別があり、大社・中社が指定され、天皇が祭神の神社などが新しく作られ神宮がふえます。(明治・橿原・平安・北海道など)

現在は政教分離となり、名を名乗るのは一応自由なのですが、そういう歴史的経緯を踏まえて、神宮・宮・大社を各神社で名乗っています。
とのことです。社格の高い神社でお宮参りしたいという方は、
宇佐神宮(宇佐八幡宮)(宇佐市・大分)、 伊勢神宮(伊勢市・三重)、 熱田神宮(名古屋市熱田区)、 明治神宮(渋谷区・東京)、 鹿島神宮(鹿嶋市・茨城)、 平安神宮(左京区・京都)
あたりに行けば良いと思います。
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